Newsweek

六辻彰二

塗り替わる世界秩序

電撃的な米朝首脳会談――トップダウン外交の突破力と危うさ

2019年07月03日(水)18時30分

    冷戦終結にあたって米ソ首脳が最も重視したのは、核兵器を保持し続けながらも、お互いを敵視することを止めることだった。当時、米ソがそれぞれ巨額の財政赤字に陥っていたことは、核軍拡や海外での部隊展開といったコストの削減で双方が一致できる余地を生んだ。

    このように交渉の核心部分で利害が一致してことは、根深い慎重論を飛び越えたトップダウン外交を可能にしたといえる。

    冷戦終結と比べて

    米朝間で不信感が強いことは、冷戦期の米ソに劣らない。しかし、世紀のリアリティ番組として再開した米朝間のトップダウン外交は今後、冷戦終結と比べて高いハードルに直面するとみてよい。それは核心部分で折り合いがつきにくいからだ。

    アメリカにとっての最優先事項が核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)など長距離核兵力の廃棄にあることは、電撃的な米朝会談の前後で何も変わらない。そして、ICBMの廃棄が北朝鮮にとって一番呑めない条件であることも変わらない。

    このように核心部分で利害が一致しない構造は、冷戦終結の時と異なり、トップダウン外交であってもなくても交渉が難航しやすい。そのなかで首脳同士が前のめりになれば、むしろそれぞれの顔を立てた、要求の水準を引き下げることも想定される。そこには核関連施設の廃棄を引き換えとする制裁の一部緩和などが含まれる。

    実際、ハノイでの2回目の米朝首脳会談が物別れに終わった後、アメリカ政府のビーガン北朝鮮担当特別代表は「柔軟なアプローチ」の必要を強調した。それは「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)がなければ制裁を解除しない」という要求を引き下げることを示唆している。それは結果的に、北朝鮮にとって有利な内容となり得る。

    もっとも、プーチン大統領が指摘したように、「北朝鮮は安全を約束されたという感触を得ない限り、草を食べてでも核開発を続ける」とすれば、合意できるところから合意していくのは、むしろ現実的ともいえる。トランプ氏にとって手近なところで成果をあげるのが大統領選において悪い話ではないため、なおさらだ。

    その場合、両首脳にとって一番の難関は、むしろ政権内にいる。トランプ大統領にとっては、ポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官などの強硬派が不満を募らせない程度の強気を維持しながら、妥協点を探ることになる。金委員長にとっての北朝鮮軍への対応も、ほぼ同様とみられる。

    だとすれば、米朝間のトップダウン外交の行方は、米朝それぞれの政権内部の力学が大きなポイントになるといえるだろう。

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    六辻彰二

    筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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