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コペンハーゲンで考える、生き物の話

姫岡優介|デンマーク

ビールが支えるデンマークの科学、芸術、そして文化

(photo by author)

先日こんなツイートをした。


以前の記事にも書いたようにデンマークは押しも押されぬビール大国で、適当なスーパーにいけば簡単にビールの山を拝むことが出来る。

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(photo by author)

どこに行っても多種多様な美味しいビールが飲める

そういう意味でデンマークは間違いなく「ビール大国」だけれども、デンマークはビールによってその科学や芸術などの文化的財産が支えられているという側面もある。

ビールが文化を支えるという魅力的な側面を知ってもらうために、この記事では「Carlsberg財団」「Ny Carlsberg財団」「Turborg財団」の紹介をしたい。

最古の企業財団:カールスバーグ財団

カールスバーグは1847年にデンマークの実業家 Jacob Christian Jacobsenによって設立される。

Carlsbergという名前は当時5歳だった息子、Carl Jacobsenの名前Carlとデンマーク語で「山」を意味するbjergからきている。

「山」が名前の由来になったというのはひとつの笑い話として語られたりする。というのもコペンハーゲンは『自転車フレンドリーな都市』世界2で、本当に坂が少ない。

「真っ平らな都市」コペンハーゲンにある数少ない"山"。それがカールスバーグ醸造所が最初に作られたValby(バルビュー)というエリアだ。

とはいえその高低差は、道玄坂上とハチ公広場の標高差の4分の1程度。これがカールスバーグの名前の由来となった"山"なのだ。

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前回の記事にも書いたように、カールスバーグは研究開発にもかなり力を入れており、実際に酵母の純粋培養というビール史における3大発明のひとつを成し遂げた

そのため父のヤコブは科学技術の発展を相当重要視していたようで、息子のカールにも理系の道を進んで欲しがった。具体的にはエンジニアになって欲しかったそうだ。

しかしカールは理系の道に進むことはなく、美術品の収集に精を出す。

彼はイタリア・ギリシャの彫刻を集めることが大好きだったらしい。

その数たるや、カールの私的コレクションを中心にNy Carlsberg Glyptotekという美術館をひとつこさえるほどだった。

父ヤコブが息子カールのことをどう思っていたのかは諸説あるらしいのだが、彼は息子に会社を継がせなかった

その代りにカールスバーグをデンマークの学術協会、アカデミーに「譲った」

具体的には、カールスバーグ財団という組織をつくり、その財団にカールスバーグ社の株式の約75%を所有させた。

またカールスバーグ財団をアカデミーの傘下組織として位置づけるためにアカデミーから財団へ5人の評議員を送るという形態をとった。

こうして世界最古の企業財団のひとつと言われるカールスバーグ財団が誕生した。

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(Screenshot taken from Carlsberg foundation)

誕生以来、カールスバーグ財団は「社会を発展させるために基礎研究は欠かせない」というヤコブの信念に沿って自然科学を主としながらも文理問わず基礎研究分野に広く研究資金を提供している。
またいくつかの古城を修繕して博物館に改修したり、その運営を行ったりもしている。

今年100周年を迎えた僕の職場、ニールス・ボーア研究所の創立にもカールスバーグ研究所が関わっている。
物理学徒なら必ず知っている量子力学のコペンハーゲン解釈が出された研究所は一部ビールで出来ているのだ。

2019年に財団が拠出した研究資金は68億円ほどで、これは政府系研究予算総額に比して2%程度になる。
あくまで一企業が拠出する科学研究予算が国全体の科学予算の2%に匹敵するというのは驚くべきことだろう。

またカールスバーグ財団は「金にならない研究」にかなりこだわっている。ホームページには"WE DO NOT PROVIDE FUNDIUNG FOR"というページがあり、そこを開くと

・臨床および技術研究
・科学ではないもの
・諸経費と管理費

には研究費を提供しないと明言している。

支援を受けた研究の成果はここから確認することが出来る。 直近の報告には以下のような研究がある。これは広い。

・クジラの音響によるコミュニケーション
・Navie-Stokes方程式のシミュレーションによる乱流の研究
・1分子分光法を用いたクロマチンリモデリングの研究
・細胞の傷を治すナノマシンの開発
・古代ギリシャ、カリュドーン発掘研究
・臓器移植の倫理学
・中国人留学生の海外生活体験が与える中国-欧米関係への影響

Carlsberg財団の研究助成金はデンマークにいなくても応募できるので研究者のみなさん、興味があればどうでしょう。

カールスバーグ財団の話ばかりしたが、カールスバーグ本体がサッカーの巨大スポンサーであることは言うまでもない。 シーズン中はラベルも変わる。

デンマーク芸術のダイナモ:ニュー・カールスバーグ財団

父親の目には技術者の道を諦め、美術品収集に精を出すカールはいわゆる放蕩息子に映ったのかもしれない。
実際ヤコブは彼の会社をカールに継がせることはなく、カールスバーグ財団を通してアカデミアに会社を譲った。

しかしカールも負けていない。カールは40歳の時に自らビール会社を設立する。社名はニュー・カールスバーグ(Ny Carlsberg

ニュー・カールスバーグ設立が理由で「オールド・カールスバーグ」なる、元々のカールスバーグを指すレトロニムが生まれた。

父は会社をアカデミーに譲り、息子はレトロニムを作る。なんて壮大な親子喧嘩なのだろうか。(なお2社は1906年に統合される)

このNy Carlsbergの流れを汲む財団がニュー・カールスバーグ財団だ。この財団がサポートする対象は、想像に難くないと思うが芸術分野である。

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(Screenshot taken from Ny Carlsberg foundation)

例えば美術館が新たに作品を購入する費用特別展を行う際の資金補助、美術カタログの出版費用を出すとある。

他にも財団は定期的に作品を購入しそれを学校や病院、公共施設に寄付あるいは貸し出しも行なっているらしい。
また、カールの私的コレクションを納めたNy Carlsberg Glyptotekもこの財団の運営だ。

年間の助成額は約17億円。これまで行ってきた16,000程度の助成や、Ny Carlsberg Foundation's Art Awardという賞などを通してデンマーク芸術を盛り立てている。

設立当初のCarl Jacobsenの理念に違わず、名実ともにデンマーク芸術のダイナモだ。

社会を良くするアクション:Tuborg財団

現在はCarlsberg傘下になっているTuborg(ツボルク、あるいはチューボー)というビールもデンマークではとても愛されていて、こちらも財団を持っている。
Tuborg財団が支援するものはスポーツや音楽、教育など多岐にわたる。

スクリーンショット 2020-10-31 9.29.24.png

(Screenshot taken from Tuborg foundation)


具体的には楽器の購入やフェスのためのステージ設営、スポーツのプレイグラウンド設置や、トレーナーによる市民への無料レッスン、あるいは現役を引退したプロアーティストの学校への出張授業などなど。

Tuborg財団はボランティア団体を通じで、日々の生活をより豊かにするための支援を行っている。拠出額は年間4億円ほど。

これとは別に「社会を良くするためのアクション」にお金を出す "The Dream Pool"というプロジェクトもある。
これは16-30歳に応募資格がある若者向けの助成金

・若年層の労働市場へのスムーズな参画
・グリーンイノベーションを目指した取り組み
・より良い民主主義社会の構築
・音楽業界の活性化

のどれかに関連する提案が採択されれば200万円程度がプロジェクトの資金として獲得できる。

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どうでしょう。デンマークという国とビールがいかに強く結びついていて、以前の記事とはまた別の意味で「ビール大国」であることを感じていただけたでしょうか。

ビール会社がここまで国の文化を支えているということ自体驚きだけども、3つの財団の役割分担も実に綺麗。
特にCarlsberg財団とNy Carlsberg財団の支援先はそのまま親子喧嘩と直結しているから面白いですよね。

デンマークに来たばかりのころ、博物館に行っても美術館に行っても大抵「カールスバーグ」「ヤコブセン」の文字があることが不思議でした。なぜビール会社の名前が必ず公共施設にあるのだろう。

しかしその理由を知れば知るほど、こんな素敵なことはないな、と。

ビールは安いお酒です。記念日に高級なレストランで飲まれるような特別なお酒ではとてもない。
いわゆる「庶民」の平凡な1日に少しだけ彩りを添えてくれる、小さな小さな贅沢

しかしだからこそ、誰であってもビールを楽しむことが出来るし、誰であってもその消費を通してデンマークの文化を豊かにすることが出来る。

いやもちろん、数字で見れば高所得者の納める税金の方がよっぽど国の文化を豊かにしているでしょう。
ただ、たとえ数値上は誤差程度の貢献しかないとしても、「この消費によって自国の文化を支えているんだ」という感覚に比肩する幸福って、そう見つからないんじゃないですかね。

___

今回の記事を書くにあたりNiels Bohr研究所教授、アカデミー会長のMogens Høgh Jensenにアカデミーと財団の歴史を教えていただきました。
I would like to thank prof. Mogens Høgh Jensen for telling me an exciting story about Carlsberg foundation and Ny Carlsberg foundation.

 

Profile

著者プロフィール
姫岡優介

90年生まれ、東北大→東大院。現在、デンマークはコペンハーゲンでシステム生物学の研究をしています。「生きている状態」というのはどういった意味で特別な状態なのかということを数学的に理解することが目標です。もうすこしサイエンスが多くの方にとって身近になればいいなと思っています。twitter: https://twitter.com/yhimeoka

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