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シアトル発 マインドフルネス・ライフ

長野弘子|アメリカ

大統領と銃と、アメリカン・マインド(1)

(出典)https://unfitfilm.com

 アメリカでは、大統領選が終わったあとも、敗北を認めないトランプ大統領の言動がメディアを賑わせている。勝利を確実にした民主党のバイデン前副大統領は、スムーズな政権移行を訴えているが、トランプ大統領は裁判で争う姿勢を崩していない。このまま不安定な状態が続けば、コロナ禍による死者や失業率の増加、経済環境の悪化などにより人々の不安感がさらに高まりかねない。

 トランプ政権下の過去4年間を振り返ってみると、メンタルヘルスの分野では私の周りも含めて多くの影響を受けた。心理学者、精神科医、サイコセラピスト、ソーシャル・ワーカーなど、実に多くの精神医療の専門家が、彼のメンタル面での問題を取り上げてきた。なかでも心理学者でありサイコセラピストのジョン・ガートナー氏は、2017年に「警告義務の会」 を立ち上げ、精神面での職務不能を理由にトランプ大統領の解任を求める運動を起こした。この呼びかけに応じて、最終的には精神医療の専門家を含む7万人を超える人が、この嘆願に署名した。

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 また、犯罪心理学を専門とする精神科医でエール大学の准教授でもあるバンディ・リー氏が編纂した本『ドナルド・トランプの危険な兆候――精神科医たちは敢えて告発する』も2017年に出版され、精神科医や心理学者、サイコセラピストなどの専門家27人が、トランプ大統領の精神面の不安定さや衝動性が国内動向や国際情勢にもたらす危険性を訴えた。

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精神科医・エール大学のバンディ・リー准教授

 しかし、アメリカ精神医学会(APA)では、有名人や公的な立場にある人の精神状態について意見を求められた場合、「精神科医は精神医療全般に関する専門知識を一般の人々と共有することは問題ではないが、自分が直接検査を行い、かつその結果に大して公表する許可を与えられていない限り、専門的な意見を提供することは非倫理的な行為である」(医学倫理規定第7条3項)と定めている。

 これは俗に「ゴールドウォーター・ルール」と呼ばれる規定であり、1964年9月にアメリカの雑誌『Fact』が特集記事を組み、そのなかで1,189人の精神科医が当時の米国大統領候補であったバリー・ゴールドウォーター上院議員には精神障害があり、大統領には不適任であると回答した事件にちなんだもの。ゴールドウォーターはこの記事に対し名誉棄損訴訟を起こし、被告の雑誌と編集人に合わせて7万5千ドルの支払いが命じられた。この事件の社会的影響を考慮し、1973年にAPAは著名人の精神状態について精神科医が診断することを非倫理的とする第7条3項を採択した。

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 しかし、前述したリー准教授は、トランプ大統領の数多くの言動から判断して、彼がアメリカの社会および国際政治に危険をもたらす可能性が高いのに沈黙し続けるのは逆に倫理に反するとして、ゴールドウォーター・ルールは適用されないと主張している。

 リー准教授は、APAが製薬会社からの多大な金銭的援助を受けるようになってから、患者の利益よりも製薬会社への利益へと方針をシフトさせてきたという理由で、2007年にAPAを退会している。さらに同氏は、トランプ大統領の就任後、APAが医学倫理規定第7条3項を拡大解釈して、公的な人物に関していかなる状況下でもーーそれが国家緊急事態であってもーー診断にかかわらず専門的なコメント全般について公表すべきではないと変更したという。

 トランプ大統領の著しい自己愛や反社会性、被害妄想、衝動的な言動、また移民や女性、特定の人種や民族に対する差別的な発言に多くの人々が感化され、憎悪犯罪やその他の反社会的行為に人々を駆り立てる危険性があると、リー准教授だけではなくほかの精神科医も警鐘を鳴らしている。それでは実際に、過去4年間でアメリカ社会における犯罪率は増加したのだろうか、次回取り上げる。

 

Profile

著者プロフィール
長野弘子

米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするため大学院で心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える多くの子供やティーンエイジャーに対してセラピーを提供している。

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