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アルゼンチンと、タンゴな人々

西原なつき|アルゼンチン

「タンゴの破壊者」アストル・ピアソラ生誕100周年


「ピアソラは本当に「タンゴの破壊者」なのか?」


全世界に、様々な扉からピアソラの音楽に入り込んだファンがいます。
おそらく、そのファンのほとんどが、「古いタンゴはあまりよく知らないけどピアソラは好き」なのではないかと想像します。アルゼンチン人バンドネオン奏者でも、ピアソラをきっかけに楽器を始めた人は多いです。そして彼について語られるとき、しばしばこのような議論が生まれます。
「ピアソラの音楽はタンゴなのか、そうでないのか?」



そもそも一般的にタンゴを定義するものは何か。
現在でも世界中の町の人々の間で嗜まれている文化であるタンゴダンスは、男女が対になって即興で踊るものです。その特性から、官能的な部分を切り取り、美しくきらびやかな衣装を纏いブロードウェイなどでの興行化に成功したという華々しい側面も持ちますが、それは本来のタンゴとは異なったものです。この国の文化でもある「町のタンゴ」は、ミロンガと呼ばれる踊り場に集まった老若男女で、初対面であってもペアになり、みんな混ぜこぜになって踊る、というものです。昼間は喫茶店の場所が、夜には近所の人々が集まりお喋りついでに踊るような、気取らないミロンガも沢山あります。

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(筆者撮影。ここはカジュアルな場所でドレスコードなどありませんが、スニーカーやジーンズで入ると白い目で見られるところもあります。)



タンゴは様々な側面を持ちます。町の人が踊るタンゴ、ショーとしてのタンゴ、唄としてのタンゴ、インストゥルメンタル音楽としてのタンゴ・・・。それぞれ違ったキャラクターを持ちながら、どれをとっても、タンゴというひとつの名前で呼称されます。
その為一言では表せないほど奥深いものではありますが、一般的にタンゴを形作る大事な一つの要素としては、音楽形式としての「リズム」にあると言えるでしょう。そのリズムは「チャッ、チャッ、チャッ、チャッ」と一定に刻み続けます。それは、即興のペアダンスでステップを踏んでいく上で、必要なことのひとつです。



ピアソラの音楽は、そのリズムの部分にメスを入れたのです。彼のリズムはバリエーション豊かで不意打ちだらけ、テンポはコロコロ変わる。他の曲のように踊ることが不可能なのです。 それが、「あれはタンゴではない」と言われ、当時人々から猛反発を食らった所以です。
彼が目指したものは、踊り場をターゲットとしていない、"聴くためのタンゴ"だからです。 周りの反応や自身の葛藤から、一時は「ブエノスアイレスの現代ポップ音楽」と名乗った時期もあったようですが、しかしながら自分たちがやっている音楽はあくまでもタンゴであると、自身のアイデンティティを生涯貫き通しました。



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(1986年リリースのCDアルバム、Astor Piazzolla / Nuevo tango: Hora Ceroのジャケット写真)



それでは、そこまで革新を加えた上での、彼の思うタンゴとは、何だったのでしょうか。
私は、今も昔も、タンゴとはブエノスアイレスっ子の「感情」、また「街の情景」、そして、自分たちはブエノスアイレス生まれだという「プライド」を表現しているものなのではないかと思っています。それは、どのタンゴにおいても共通しています。



そう考えると、ピアソラの音楽はタンゴ以外の何物でもありません。彼の音楽はどんなに奇抜であっても、伝統的なタンゴのレールの延長線上にある、「ブエノスアイレスっ子の心の内を反映し、代弁してくれる音楽」なのです。



そして現在。ピアソラが切り拓いた、聴くタンゴというジャンルは確立されています。古いタンゴを嫌っていたようなピアソラですが、何人かの伝統的なタンゴの作曲家を敬愛していました。彼らも、既存のイメージを変化させてきた革新者たちで、ピアソラも自身の音楽は彼らが敷いてきたレールの上で見出してきたものだと言っています。
現代のアルゼンチンのタンゴ作曲家たちもまた、伝統的なタンゴ作曲家をリスペクトし続けています。ピアソラ以上に斬新なタンゴ作品であっても、その奥底にはピアソラ同様、古き良きタンゴのエッセンスが脈々と流れているのです。
また実際に行き来せずとも、地球のどこにいても、世界中の音楽にすぐにアクセスできる時代になりました。全世界に様々な形でタンゴが広まっていったことで、タンゴはアルゼンチンのものだけではなくなり、様々なエッセンスが混ざった新しい作品が誕生し続けています。



そして最後に。ピアソラが抱えていた葛藤である、「ダンス音楽として求められるタンゴと自分たちがやりたい音楽のギャップ」。これを、アルゼンチンの現代のタンゴミュージシャンたちも相変わらず同じように抱えている現実がある、ということも書き記しておきましょう。



―――「ひとつの夢を持っている。私の作品が2020年になっても、3000年になっても、聴かれるようであってほしい。きっとそうであると思っている。」(Astor Piazzolla, 1990)



ピアソラ生誕100年、世界に繋がったタンゴのレールは、未来へと続いています。




*もしも、この記事を見て興味を持ってくださり、お近くで開催されるコンサートに足をお運びいただけましたら、それ以上に嬉しいことはありません。ぜひ、感染対策を十分した上で、アストル・ピアソラの音楽を肌で感じてみてくださいね。
私もブエノスアイレスにて様々なピアソラの記念コンサートに出演します!




*おまけ
最後に、私が大好きなピアソラの録音をご紹介したいと思います。
ピアソラが最初に5年間在籍したオーケストラのリーダーとの後日談。血の気の多いピアソラのことなので、てっきり犬猿の仲にでもなっているのかと思っていたのですが、脱退後も良い師弟関係が続いていました。これは、その2人のバンドネオン師弟デュオの録音です。1970年、ピアソラのスタイルが確立されているときのものです。
少年だったピアソラを自分の楽団に招き入れ、責任ある役職を与えたのち、彼の未来を思って楽団から追い出し、その後も見守り続けていました。そんな背景を想像しながら聴くといつも胸が熱くなります。全編通してバンドネオンのメロディを弾いているのはリーダー、伴奏を担当しているのがピアソラです。
ちなみにこのリーダーの名前は、「アニバル・トロイロ」。現在も、彼の誕生日が「バンドネオンの日」として制定されているほど私たちにとって神様的存在である、名音楽家です。


Volver (C. Gardel) - Bandoneon duo - Anibal Troilo & Astor Piazzolla


―――――――――――――

【参考文献】
「Piazzolla el mal entendido」(Diego Fischerman - Abel Gilbert)
「Astor Piazzolla A Manera De Memorias」(Natalio Gorin)
「Piazzolla, loco, loco, loco」(Oscar López Ruiz)
「Osvaldo Pugliese Una vida en el tango」(Oscar del Priore)

 

Profile

著者プロフィール
西原なつき

バンドネオン奏者。"悪魔の楽器"と呼ばれるその独特の音色に、雷に打たれたような衝撃を受け22歳で楽器を始める。2年後の2014年よりブエノスアイレス在住。同市立タンゴ学校オーケストラを卒業後、タンゴショーや様々なプロジェクトでの演奏、また作編曲家としても活動する。現地でも珍しいバンドネオン弾き語りにも挑戦するなど、アルゼンチンタンゴの真髄に近づくべく、修行中。

Webサイト:Mi bandoneon y yo

Instagram :@natsuki_nishihara

Twitter:@bandoneona

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