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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

人類最速イタリアの陸上競技躍進のワケ、東京オリンピックを絶賛

iStock-Clerkenwell

東京オリンピックが閉幕した。

現地で取材してきたイタリア人ジャーナリストが、オリンピックを振り返り、総括した記事を紹介したい。

60億ユーロ以上の損失があるにも関わらず無観客を決定した日本、そしてナショナリズムに苦しんだ国である。
様々な痛みや苦しみや不満を和らげるのには日本のアスリート達の活躍は役に立ったようだ。ゲームの周りに張られた防疫線バブル方式は機能していたように見えた。
その証拠を示し、不信感はゆっくりと解消した。
この不確かな時代に大きな力を与え忍耐力を示したアスリートのために東京オリンピックが行われたのは正しかった。

東京に到着したばかりの最初の数日間は皆困難だった。
世界中から東京に着陸した人々が皆感じた事だろう。
私たちは、パンデミック研究所のモルモットのように感じた。毎日テストされ、視覚によって制御され、人との接触を避けなければならなかった。

それは、非常に厳しいルールとメカニズムだった。

それでも、東京オリンピックはウイルスに対する耐性テスト操作として成功した裏には、DNA的に自然に礼儀を備えている日本の人々の親切があったからこそであり、それが潤滑油となって注がれ、これらの成功を成し得た。

唯一、残念だったのは、開会式では国・地域名の五十音順で行進して入場したが、閉会式は複数の入り口から一斉に入場し、各国の選手が入り混じって混乱状態だったことである。自由な感じはしたが、私たちの国のイタリア国旗の旗手は100m金メダルを獲得したジェイコブスだったのに、それは目立たなかった事だ。

という感じで、東京オリンピックの成功をイタリア側は大絶賛している。

イタリア代表の遠征隊が東京から勝利を収めイタリアへ帰国し、イタリア国立オリンピック委員会会長(CONI)のジョバンニ・マラゴ会長は、"史上最高のオリンピックだ、私たちは伝説の中にいる"と満足気に評した。

「私は、アスリート、技術者、マネージャー、そしてCovidで2年間苦しんだイタリアにいる全ての人達に、非常に強い感情を与えたこの素晴らしいチームを誇りに思っています。サッカーヨーロッパ選手権の後に、またイタリアに別の大きな幸せを与えてくれた」と、代表団全体に賛辞を送った。

イタリアは、金メダル10個、銀メダル10個、銅メダル20個で史上最多40個のメダルを獲得した。特に、陸上競技で5つの金メダルを獲得したことは大躍進である。
これまで、1つの大会で金メダル数は3つが最高であった。
1大会で5つの金メダル獲得も最多数でイタリアの歴史を作った。
その中でも、まさに、イタリアのスポーツの歴史を書き換えた最高傑作の一つであったのが、男子4x100mリレーでイタリアが金メダルを獲得し、世界最速軍団になったことではないだろうか。
イタリア国営放送のライ2では、イタリアの記録(37.50秒)の4x100mのハイライト放送だけで、40.7%の視聴率を叩き出し、424万8千人がTVの前で金メダル獲得の瞬間に熱狂し歓喜した。

「この偉業は"奇跡の現象"ですか?」という、記者からの質問には、マラゴ会長は、「イタリアの成熟したスポーツシステムを実践できた」と言い、ほんの数年前には誰もこんな成績を収める事ができるとは考えもしなかったが、実際にはイタリアは国をあげての緻密なスポーツシステムに力を入れ、着々と実績と経験を積み上げてきたことを軽く話した。

リレーの選手達は、

「イタリアのスポーツの歴史の中にバトンを渡し走りました。そんな後に眠りにつくことは不可能でした。僕たちは寝ていません。翌日は、チーム全員と一緒にマメリの国歌を歌う授賞式があります。感動しています。」と語った。

また、100m金メダリストのジェイコブスは、

「陸上競技は、決してあきらめてはならないことをたくさん教えてくれるスポーツです。9月になり、多くの若者が陸上競技場に戻ってきて、スポーツが素晴らしい形で再開されることを願っています。そして、私は若者の模範となることを望んでいます。表彰式はとても楽しかったです。俺たちはなんて素晴らしいことをやってのけたんだと表彰台で叫びました。」

と、表彰式を終えた後に感想を述べた。

一夜開けた次の日の新聞各社


海外で生まれたイタリア人アスリートは46人いる。イタリアで生まれたアスリートでさえ、イタリア市民権を取得しイタリア代表選手としてトリコローリ国旗を背負い青いユニフォームを着るには18年の歳月が必要なのである。

陸上男子100mと男子4x100mリレーで2つの金メダルを獲得したマルセル・ジェイコブス選手は、イタリア人の母親とアフリカ系アメリカ人の父親のもと、アメリカ合衆国テキサス州エルパソで生まれた。
ジェイコブス選手の父親は米軍兵士である。父は韓国へ異動になった。ジェイコブスは当時1歳半。
母親とともにイタリアのデゼンツァーノ・デル・ガルダに帰国した。
ジェイコブスは少年の頃、父親の足跡をたどってバスケットボールとサッカーの練習をしていたが10歳の時にスプリントに魅了されてデゼンツァーノデルガルダトラックに参加し陸上を始めた。

そして、男子4x100mリレーで、100m世界最速のジェイコブスからバトンを受け、第三者走者を務めたファウスト・デサルもイタリア国籍を取得した選手でである。
母と子の二人だけでアフリカ大陸のナイジェリアからイタリアに渡ってきた移民で、世界選手権と欧州選手権にはイタリア市民権が取得できていなかった為に、出場を2大会見送っていた。ようやくイタリア国籍を取得し、イタリア代表選手として大きな大会に出る事ができた始めの試合が、東京オリンピックであった。

当初、デサルの母親は息子がイタリア国籍を取得すると言った時には、心配をしたという。イタリアにきた当時はイタリア語も話せなかった。

母親は、老人介護の仕事をしていて、息子が金メダルを獲った時の試合は仕事中だったので見ていないと、TV番組の取材に答えた。
「息子は、マンマ心配しないで、いつか僕がイタリア人だとみんなが認めるようになるから見てて」と言っていたと、母親はエピソードを語った。
本当に彼が誓ったように、有言実行である。
イタリア国旗を背負い、イタリアに金メダルをもたらしたデサルは、誰しもが認める立派なイタリア人である。

F.I.D.A.L.(Federazione Italiana di Atletica Leggera )イタリア陸上競技連盟のステファノ・メイ会長は、「東京オリンピックありがとう。夢のような素晴らしいオリンピックでした。」と言い、イタリアの陸上競技史上前例のない金メダル5つ、そして、最も古い記録の1つである男子4x400の記録が35年ぶりに更新されたことなどを述べ、イタリア全体を興奮させたと偉業を喜んだ。


イタリア陸上界にとって、この金メダルは、後世に残る莫大な遺産であり、将来の為に投資する「宝」である。
当面のことではなく、ブリスベン2032のことを考えて、新時代の採用を考える必要があることなど、長期的なプロジェクトを開発する大きなチャンスを持つことに大変大きな責任を感じると述べている。
何よりも、この東京で始まった好循環を利用して、今後10年間でそれを解き明かしていって欲しいものである。


| イタリア陸上界の教祖と呼ばれる夢の第5走者ムーロ

男子4x100mリレー金メダルの影には立役者がいた。
日本では全く知られていないが、完璧に噛み合ったギア、素晴らしいチーム作り、技術的な事ではなく選手を励まし続けてメンタル強化、作戦変更と何度も重ねた実験と分析、オリンピックチャンピオンにさせる為に最後に変更した一か八かの大きな賭け、美しき最強カルテットを構築したのは、単なる「コーチ(監督)」という呼び名ではなく、「プロフprof(教授)」と呼ばれる陸上界の"教祖"と呼ばれている男の存在があった。

フィリッポ・ディ・ムーロ(61歳)である。

彼がどんな人かというと、謙虚で断固で完璧主義者、研究と仕事熱心な誇り高きカタネーゼ(カターニャ出身)とのことだ。
2001年から2004年まで男子陸上部門の指揮をとった後、2017年からイタリア代表のトラック競技を担当している。
2009年から2012年までのリレーレースの舵取りをするようになり、テクニックではなく、選手達の精神面の強化に取り組んだ。彼らを安心させ、不安にいち早く気づき、目標に向かって集中することを徹底的に叩き込んだ。

事前の代表合宿では、リレーのチーム作りは、個人種目で成績の良い選手を4人かき集めてできるものではない。何千回も選手の組み合わせを替えて試み、ベストなチームを作った。
新人の第一走者パッタ選手は、まるで初心者の士官候補生のように見えたという。監督やコーチは、パッタ選手を入れて一度だけ試してみた。トップを替えるだけで完成した。その後は、チームは何をやるべきかがはっきりとわかっていた。慎重な計画の結果、最強のリレーチームが完成した。

第一走者:ロレンツォ・パッタ (精確なスタートダッシュ第1カーブ)
第二走者:マルセル・ジェイコブス(ストライド走法型向きで一番長い距離を走る直線のエース)100m金メダリスト
第三走者:ファウスト・デサール(ピッチ走法型で小回りのきく第2カーブ)
第四走者:フィリッポ・トルトゥ(ストライド走法型で後半25mから加速するアンカー)


まず、2010年のバルセロナでのヨーロッパ選手権以来、ムーロ氏は2点の課題点が明らかになった時点で、問題点を改善するプロジェクトを考え出した。
言い換えれば、2つの特定された問題点がうまく行ったところで、勝ったと確信に変わったそうだ。

1点目、アンカーの第四走者のトルトゥ選手の回復。

トルトゥ選手は個人競技では記録がうまく出ず失望する結果となっていた。精神的にボロボロでもう走りたくないとトルトゥは言っていたという。そんな落ち込むトルトゥの側にずっと付き添い、ただただ「お前はできる、偉大なスプリンターだ、巨大な才能を持っている素晴らしいアスリートだ」と、技術的指導ではなく継続的なメッセージを送り続け、メンタルの強化をしたという。
トルトゥ選手は2017年以来、グループの柱であり、常に存在し、常にアンカーを務めるリレーにとって不可欠な選手であり彼の貢献なしではチームは成り立たない。そこで立ち止まることも許されない。
結局、彼はムーロ教授に諭され、自信を取り戻し確信に変えて「教授、できます」と言い、決勝に望んだ。

2点目は、テクニカルな部分のバトンパス。

リレーのバトンパスは主に2種類、オーバーハンドパスとアンダーハンドパスの方法がある。ジェイコブスとデサルのバトン練習を見るとオーバーハンドパスで渡している事がわかる。
オーバーハンドパスは、バトンの受け手が手のひらを上にして、渡し手が置くようにバトンを受け渡す方法。
日本のチームは、データーを分析した結果、フォームが崩れにくくスピードを減速せずにトップスピードのままバトンを受け取る方式を取り入れている。かなりの訓練と高度な技術が必要なアンダーハンドパスである。
日本が一番得意としているはずのバトンパス技術だったが、それをミスったのはとても珍しく、惜しいと思ったし悔しい結果となった。

リレーのバトンパスが行えるテイク・オーバー・ゾーンは30m、2走者目はテイクオーバーゾーンを2回通過する。バトンを受け取る時とバトンを渡す時だ。
バトンをテイク・オーバー・ゾーンのギリギリ手前から受け取って、直線コースを走り、次走者への受け渡しをテイク・オーバー・ゾーン30mのギリギリ最後のラインですると、100mではなく、130mほど長い距離を走る事ができる。なので、エース級の選手が第2コースを走るのが陸上では通常である。

もちろん、イタリアの2走者目は100mの金メダリスト、人類最速男のジェイコブスが担当した。
ムーロ教授は、大量のデータから得た分析と研究結果に基づいて、次走のデサルとジェイコブスとの間の距離を変更した。
受け取りは29歩半手前で、受け渡しは35歩ギリギリまでで。それはジェイコブスの分数を可能な限り活用して彼をより長く走らせるためである。

スタートを始めた次走のデサルがバトンを受け取った瞬間より、速いスピードをジェイコブスが保っていることを確実にする方法がそれで、かなりテイク・オーバー・ゾーンのフル活用で非常に危険である。
練習シュミレーションでは、いつもデサルのスタートダッシュがとても早いため、バトンパスを18〜20メートル内で行うのとは異なり、限界の25メートルラインに到達してしまっていた。
決勝戦本番では、30メートルギリギリだった。
秒数でいうと、通常は計算上2.88秒以内にバトンの受け渡しを終えていなければいけないが、実際は2.71秒でバトンパスを完了していたので、ギリギリを攻めた作戦は大成功をしたという。

大きな賭けだった。

10,558秒(パッタ)、8,925秒(ジェイコブス)、9,170秒(デサル)、8,845秒(トルトゥ)
4人で繋いだリレー400mの総計タイム37.50秒
堂々の世界一、最速集団の打ち立てた素晴らしい記録である。


| 学校教育の中でのスポーツはどうでもいいイタリアの構造的な問題

国のスポーツに対する構造的な欠陥がある。

そこにイタリア国立オリンピック委員会のマラゴ会長も部分的にしか触れなかった。
マラゴは、学校教育の中でのスポーツの位置づけに関しては、重要性などはあまりないと考えており、児童生徒の体力促進や健康維持のためのトレーニングやスポーツの役割や、またそれを指導する教師や指導者の増員や資質向上なども全く視野に入れてはいない。

実際、歴史的なイタリアの特徴である軍事スポーツグループに大きく依存しており、オリンピックに出場する選手はシステム化された大きな組織から切り出された人たちである。
たとえば東京オリンピックに出場したアスリート達を見てみれば、陸軍、海軍、空軍、カラビニエリの4つの軍団から129人の「軍の運動選手」が参加していた。

州警察​​スポーツ団体フィアンメオーロ の目的は公安局の名声向上、健康維持とスポーツ促進である。
国のスポーツ遺産を増やす活動と実践であって、世間一般に認知されているいわゆる市民の生命財産を守る活動をする警察官の職務ではないが、国家公務員の位置づけであるので、アスリート達の給料や活動費は税金から支払われている。

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写真iStock-mgallar:イタリア、ローマ-2018年9月30日:イタリアの州警察FiammeOroの別名、金の炎のスポーツグループが、全米州警察協会の設立50周年を記念してローマの遊歩道をパレードした。

国費のスポーツ選手軍団。

100mのマルセル・ジェイコブスは、ジャンマルコ・タンベーリと同様にこの州警察スポーツ団体フィアンメ・オーロの選手である。
アントネッラ・パルミサーノとフィリッポ・トルトゥ、フィナンシェ等々、才能あるアスリートを生み出し、大きな大会に選出したことはイタリアのスポーツシステムの優れた部分ではあるが、パリ五輪に40個以上のメダルを獲得するには、おそらくますます多くの種目分野で選手が不足していて十分ではない。
史上最多の40個のメダルが、スポーツの草の根運動の生命線として機能するようになれる事が理想的ではあるが、まず、有望なアスリートが安定した給料を稼ぐことができ、最高のチームと高レベルなトレーニングできる環境・施設がある事が必須であると思う。

イタリアの歴史的特異性があるゆえに、学校にスポーツ予算枠を設けることは難しい。
オープンポリスとCONIバンビーニが編集した#ConibambiniEducational Poverty Observatoryによると、たとえば、イタリア人の13.8%が経済的な理由でスポーツをしていないというデータがある。
多くの家族は、子供がスポーツをする機会は、学校の授業時間中の身体活動(体育)だけになると説明している。

イタリアの学校には一般的には体育館、コート、グランド、プールなどのスポーツ施設がない。

放課後の部活動もない。

Miurのデータによると、少なくとも1つのスポーツ施設を備えているという研究所は半分未満の40.8%である。全体としては、フリウリベネチアジュリア州とピエモンテ州でのみ50%を超えている。
ミラノ自治体では、5校に1校未満の割合で学校に体育館が併設してあるという。日本では学校に体育館が無いなんて考えらないが、イタリアでは校舎以外何も無いのが当たり前なのである。

イタリアには、米国や英国のように大学や高校を特徴づけるスポーツ部や体育大学や何世代にもわたるトップレベルのアスリートを生み出す素晴らしいスポーツの世界は決してないが、オリンピックでメダルを獲得することのできるトップアスリートを育て、強化するために、今後数年間ですでに多くの計画があるという。

欧州連合から最初の前進を集めている国家復興とレジリエンス計画で、学校スポーツのインフラストラクチャーの強化のために3億ユーロを確保している。
今後5年以内に400の新しいジムが建設されることにつながる投資である。全国に400だけの新しいジムでは数が少なく、ニーズの4%未満であるというが、全くないよりはマシである。

ますます、今後のイタリア陸上競技は躍進に期待できそうだ。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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